~About the Song~

表題曲は、1975年にリリースされたクイーンのアルバム『A Night at the Opera』の収録曲です。シングルカットされ、世界中で大ヒットし、本国イギリスでは、発表から9週連続1位を記録したほか、フレディ・マーキュリーが他界した1991年、映画『ウェインズ・ワールド』の挿入歌として使用された1992年にも再ブレイクしました。また、純粋にプロモーション目的として作られたものとしては、この曲のPVが世界初のPVと言われています。

曲の構成は、アカペラ・バラード・オペラ・ハードロック・バラードと転調を繰り返すもので、オーバーダビングを何度も繰り返した超大作となっています。生演奏で再現できない曲構成の為、ライブでは、一部を省略したり、録音を活用しながら演奏されました。

フレディ・マーキュリーの書いた詩の内容は、少年が拳銃で一人の男性を殺害したことで、裁きの場に出ていく話で、イタリアが舞台となっています。明確な詩の意味はフレディ自身も明らかにしないまま他界しています。残されたメンバーにも詩の真意を語っていないようで、専門家の中でも、様々な解釈がなされています。楽曲・プロモーション・詩、全ての面で革新的な名曲と言えます。

~Translation~

Is this the real life?
Is this just fantasy?
Caught in a landslide
No escape from reality
これは現実?
ただの幻想か?
土砂滑りに巻き込まれたみたいに
現実からは逃れられない
Open your eyes
Look up to the skies and see
I’m just a poor boy, I need no sympathy
Because I’m easy come, easy go
Little high, little low
Any way the wind blows doesn’t really matter to me, to me
目を見開いて
空を見上げてごらん
僕は哀れな男で、同情はいらない
だって僕は適当に生きているんだし
良い時もあれば、悪い時もあるんだ
どんな風が吹いても僕には関係ないのさ、僕にはね
Mama, just killed a man
Put a gun against his head
Pulled my trigger, now he’s dead
Mama, life had just begun
But now I’ve gone and thrown it all away
母さん。男を殺してしまったんだ
銃を頭に突き付けて
引き金を引いたら、男は死んだんだ
母さん。人生は始まったばっかりだけど、
僕は、もう全てを投げ出したんだ
Mama, ooh,
Didn’t mean to make you cry
If I’m not back again this time tomorrow
Carry on, carry on as if nothing really matters
母さん
泣かせるつもりはなかったんだよ
もし、明日この時間に僕が帰ってこなくても
いつも通り、何事もなかったように過ごしてね
Too late, my time has come
Sends shivers down my spine
Body’s aching all the time
Goodbye, everybody, I’ve got to go
Gotta leave you all behind and face the truth
遅すぎる。時間が来た
体の芯から震えが走って
ずっと痛みもあるんだ
さようなら。もう行かないといけない
皆を残して、真実に向き合わないといけないんだ
Mama, ooh (any way the wind blows)
I don’t wanna die
I sometimes wish I’d never been born at all
母さん
死にたくないよ
時々思うんだ。生まれてこなければよかったって
I see a little silhouetto of a man
Scaramouche, Scaramouche, will you do the Fandango?
Thunderbolt and lightning
Very, very frightening me
(Galileo) Galileo
(Galileo) Galileo
Galileo Figaro
Magnifico-o-o-o-o
小さな男の影が見える
スカラムーシュ、ファンタンゴを踊ってくれないか?
雷鳴と稲妻、ものすごく怖いよ
ガリレオ
ガリレオ
ガリレオ、フィガロ
貴き人よ
I’m just a poor boy, nobody loves me
He’s just a poor boy from a poor family
Spare him his life from this monstrosity
僕は哀れな男で、誰からも愛されない
彼は貧しい家族に生まれた哀れな男の子
怪奇な人生から彼を救い出してくれ
Easy come, easy go, will you let me go?
Bismillah! No, we will not let you go(Let him go!)
Bismillah! We will not let you go(Let him go!)
Bismillah! We will not let you go(Let me go!)
Will not let you go(Let me go!)
Never let you go (Never, never, never, never let me go)
Oh oh oh oh
No, no, no, no, no, no, no
Oh, mama mia, mama mia (Mama mia, let me go)
Beelzebub has a devil put aside for me, for me, for me
気ままに生きてきたんだ、行かせてくれよ
神の名の元に、駄目だ。お前を行かせる訳にはいかない(行かせてやれ!)
神の名の元に、行かせる訳にはいかない(行かせてやれ!)
神の名の元に、行かせる訳にはいかない(行かせてくれ!)
お前を行かせる訳にはいかない(行かせてくれ!)
決して行かせないぞ(絶対、駄目なのか)
あぁ
絶対に駄目なものは駄目なんだ
あぁ。なんてことだ。母さん(あぁ。行かせてくれ)
魔王は悪魔を僕のそばによこしたんだ。僕のそばにさ
So you think you can stone me and spit in my eye?
So you think you can love me and leave me to die?
Oh, baby, can’t do this to me, baby
Just gotta get out, just gotta get right outta here
僕に石を投げつけて、侮辱することだってできると思っているだろう
僕を愛して、死ぬまで放っておくことだってできると思っているだろう
おい。そんな事するなよ
出て行ってくれ。ここからすぐに出て行ってくれ
(Ooooh, ooh yeah, ooh yeah)
Nothing really matters
Anyone can see
Nothing really matters
Nothing really matters to me

Any way the wind blows

問題はなにもないさ
誰にだって分かる
何も問題はない
僕にとっては異常なしさ
僕にとっては異常なしさ、僕にとってはね

どんな風吹いたって、問題ないさ

~First Impression~

少年の苦悩や諦め、悲壮感を強く感じます。罪人である少年が弱者として描かれ、自然と少年への同情が芽生えます。悲壮感の中での少年の大人な対応が切なく、胸を打たれます。弱者が折れて、罪を被ってしまう、そんな社会の不条理を表現しているようにも読み取れます。

なぜ、少年は殺人を起こしてしまったのか?少年が殺した男は、何の象徴なのか?そんな疑問を掻き立ててくる詩で、本格的な文学作品の域に達しているように感じます。

~Interpratation~

◆聴きなれない単語について

まずは、曲を聴けば誰もが気になるであろう、聴きなれない単語について解説します。音遊びのように聞こえる言葉はイタリア喜劇や、イスラム教から取ってきた単語のようで、オペラの世界観の演出に効果を発揮しています。

Scaramouche:イタリア喜劇に登場する空威張りする臆病な道化
Fandango:スペインのアンダルシア地方の民俗舞踊およびその舞曲
Galileo:イタリアの物理学者・天文学者、ガリレオ・ガリレイ
Figaro:オペラ「セビリヤの理髪師」「フィガロの結婚」の主人公
Magnifico:とても立派な。優れたランクまたは外観の人
Bismillah:イスラム教のお祈りの決まり文句
Beelzebub:新約聖書に登場する悪魔
mama mia:イタリア語でのOh, my god !

◆殺した男は自分自身?

少年が殺した男の正体とは?この疑問の解釈で曲の全てが決まると言っても過言ではないかと思います。様々な解釈がなされていますが、個人的に一番しっくり来る自分自身を殺した、という解釈で分析していきます。“Put a gun against his head”の部分も、自分のこめかみに銃を突き付ける自殺のイメージと重なります。

更に深く考えると、自分を殺し、新しい自分に出会おうとしていると考えます。では、殺したくなる自分とは一体どんな自分なのか?それは、アイデンティティを隠さなければ生きていけない自分だと考えます。オペラパートの始まりで、主人公は恐怖に苛まれると、ガリレオとフィガロの名を叫んで、敬意を表しています。どちらの人物にも共通するのはマジョリティに対して自分の意見を述べて反発した人物です。そんな人物像への憧れを読み取ることができます。

では、なぜ、そんな詩をフレディが書いたのか?それはフレディ自身が社会的なマイノリティだったからです。

Point1:人種的なアイデンティティ
ペルシャ系インド人でゾロアスター教徒である両親の間に生まれたフレディ。差別を恐れて、自分がインド人であることを隠していたと言われています。そんな自分自身との決別を意味しているという読み方ができます。ボヘミアンというタイトルとも重ねやすい解釈になります。また、“anyway the wind blows”とリフレインされていますが、ゾロアスター教の葬送は鳥葬、もしくは風葬のようです。フレディの中で、風と死のイメージは密接に繋がっていたのかもしれません。ちなみに、彼自身の遺体も遺族によって風の中に散骨されたそうです。

Point2:性的なアイデンティティ
同性愛者だったフレディは、自分自身がゲイであることを公にしませんでした。そんなカミングアウト出来ない自分への決別を描いているという読み方もできます。下記のオペラパートの最後の部分では、性的思考に関連する詩を見ることが出来ます。

So you think you can stone me and spit in my eye?
僕に石を投げつけて、侮辱することだってできると思っているだろう
Just gotta get out, just gotta get right outta here
出て行ってくれ。ここからすぐに出て行ってくれ

新約聖書の世界では、一般道徳から外れる恋愛行為をした者は石打ちの死刑に処される事になっています。『ヨハネによる福音書』の中のエピソードで、姦通の現場で捕らえられた女をどのように処するか問われたイエスは「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」と諭します。すると、誰も石を投げられず、全員がその場から出ていったという話があります。この話を上の詩と重ねて考えると、フレディの切実な思いが伝わってきます。

◆少年のたくましさに込められたメッセージ

下記のリフレインの部分から、少年のたくましさを読み取れます。全てを投げ出して、母親も泣かせるかもしれない、そんな覚悟を持って、少年は自分自身と決別しました。下記の一文は虚勢を張っているというよりかは、少年の芯の強さが出ているように感じます。

Any way the wind blows doesn’t really matter to me, to me

「僕には関係ないのさ」と少年の強い気持ちをフレディは悲しげに歌います。“to me”は聴き手に考察の余白を残すかのように繰り返されます。フレディが社会に訴えたかったのは、me以外の存在の大きさではないかと考えます。フレディ自身を含めて、大抵の弱者は風に流されてしまうという思いを“to me”の余韻の中に感じます。

フレディはHIVによって45歳で命を落とすまで、自分自身について多くを語らなかった事で有名です。ゲイをカミングアウトしているエルトン・ジョンがこの曲を歌うのと、フレディー・マーキュリーが歌うのとでは、意味合いが大きく変わってきます。告白による潔さや爽やかさを伝える詩ではありません。告白後の苦悩を人殺しへの裁きと重ねています。告白の苦悩や葛藤を痛いほど伝える詩です。「僕には関係ないが、ほとんどの人間は、その風に苦しんでいるんだ」そんな痛烈なメッセージを感じずにはいられません。

~Unclarified issues~

easy come, easy go

2箇所で出てくる、イディオム“easy come, easy go”を取り上げます。

I’m just a poor boy, I need no sympathy
Because I’m easy come, easy go

Easy come, easy go, will you let me go?

一般的には「簡単に手に入るものは、簡単に失う」というイメージで使われる言葉のようです。今回の場合は、行ったり来たりというイメージで「フラフラ、適当に生きている」というニュアンスに捉えました。「ふらっと生まれ、ふらっと死ぬ」ということで、「もうすぐ死ぬんだから」という解釈も出来るのかなと迷いました。「適当に生きる」=「周りの偏見を気にせずに、自分の気持ちを言う」というニュアンスも込めて前者を採用しました。

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